うどんや玉子丼などいつもの献立が、おいしく映える丼があったなら。そんな想いから有田焼窯元の深川製磁と茅乃舎で手を携えてつくった、しのぎ深丼。今回は丼がうまれた、佐賀県有田町の工房にお招きいただきました。
有田焼の窯元や商店が約2kmにわたり連なる、有田町・内山エリア。深川製磁はその中心部、札の辻からすぐの場所に本社・工房を有しています。大正時代から計画され、昭和初期に完成した本店は堂々とご健在。タイル張りの洒落た外観に心ときめきます。その裏手にあるのが木造の工房です。
本店の奥の小高い山は、17世紀初頭に陶石が発見された泉山。ここから有田焼の歴史が始まりました。工房の敷地内には白川が流れ、その河口である伊万里の港から長崎の出島を経由して、世界に磁器が輸出されていました。
深川製磁工房責任者の深川 泰さんにお聞きすると「陶石を砕くところから、焼成し、食卓を飾る器になるまで。当社では全工程をこの工房内で行うことができます。各工程を分業制として、その技術継承のためにそれぞれ専門の職人を育てているんですよ」。
粘土づくりから成形、染付、焼成、赤絵、絵具の調合まで自社で一貫して手がける窯元は、世界でも稀有な存在です。その貴重ともいえる工程をさっそく拝見させていただきましょう。
工房の入口に積まれた白い天然の石。しのぎ深丼の原料となる、熊本・天草産の陶石です。かつては有田町・泉山の陶石も使っていましたが、より白く美しい玉(ぎょく)のような白磁を表現するため、わざわざ遠方から取り寄せています。
深川製磁の工程は、大きな陶石をハンマーで砕くところから始まります。その後、巨大な石臼を用いて細かくさらさらとした磁器土に仕上げます。完成した磁器土は水とともにミルに入れて撹拌。深川製磁の磁器づくりの起点となる大切な工程です。
水と撹拌した磁器土をプレス機に入れ、水分を抜きます。さらに内部の空気を抜くために、練り機と脱泡機にかけます。磁器土は粘土に姿を変え、カットすると大きなチーズのような形状に。手で触るとひんやり冷たく、もっちりとした粘り気も伝わります。粘土づくりだけで1〜2週間が必要。効率性だけでは語れない仕事です。
現在、粘土職人の久保田敏弘さんは陶石の粉砕から粘土づくりまでの工程をおひとりで担っています。「先輩に教えてもらい一人前になるまで10年はかかります」とのこと。扱う機械も手数も多いので、技術の継承に多くの時間を要する工程です。
次は、器の原型を造形する工房へ。写真の岡本一之さんをはじめ3名の職人が石膏の塊をろくろにかけて、専用の刃物で削ったり、彫ったり。粘土を成形するための石膏型もすべて手づくりされています。
「コンピューターなどは一切使いません。日々、自分の手でさわり、使い心地を確かめながら試行錯誤です。ひとつの器の完成に1年以上費やす時もありますね」と中島茂貴さん。繊細な磁器ですが温かみがあふれるのは、手仕事による造形だからだそうです。
しのぎ深丼のデザインは造形デザイナーの故・深川篤さんのデザインで、原型もご自身で造形されたものです。また工房の奥には深川製磁の器の原型をすべて保管している部屋があります。「創業時からの原型を大切に保管し、いつでも制作が可能です。どの原型も私たちの宝物です」と深川 泰さん。
精製した粘土に水を加えて撹拌し、石膏型に流し込みます。圧力をかけて1時間半ほどで、粘土は石膏型から外せる状態に。この製法を用いたとき、石膏型の耐久回数はわずか70回ほど。原型そのままに形状を再現するためには、絶えず新しい石膏型が必要になるのです。
次に成形職人の山口和久さんが成形時にできたバリ(ごく細かな突起など)をナイフ状の道具・ケンサキで削ったり、スポンジに水を含ませて撫で落としたりし、より緻密に整えます。この時点での丼はしっとりと肌に吸い付くような質感です。
ちなみに、しのぎ深丼の粘土づくりや成形には、深川製磁が依頼した協力工房の手を一部お借りしています。今回のレポートは、深川製磁全体の器づくりとしてご覧になってください。
後編では素焼きから釉薬掛け、そして深川製磁の真髄でもある焼成の工程をご紹介します。
しのぎ深丼がつくられる、深川製磁の工房を訪ねて 後編
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磁土づくりから焼成まで
すべてを自社職人の手で
佐賀県有田町の深川製磁は1894年に設立された有田焼の窯元です。1900年のパリ万博で金牌受賞などの輝かしい歴史でも知られ、世界でも稀有な製造工程を自社で一貫して手がける窯元として、確かなものづくりと磁器の歴史を継承しています。
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