年が明けた1月。寒さはまだまだ厳しいものの、時折ふっと空気のゆるみを感じます。「やっぱりお日さまがちょっと違うもんね」そう、にっこりしてくれるのは、飯塚市・内野宿に住む長野おばあちゃん。茅乃舎にとって、食の知恵を教えてくれた大切な先生でもあります。92歳となった今も、日々畑の作物を育て、工房に通い保存食を作っています。今回は長野おばあちゃんから、春を迎える準備や大根の干し方、そしてわずか7軒でしか作られていないという、希少な『ぬくめなます』の作り方を教えていただきました。
四季に恵まれた日本列島では、山ひとつ越えるだけで食べるものも違いました。そんな小さなふるさとの食べごとを拾い上げていくのが「茅乃舎1893」の取り組みです。1893年、明治26年はわたしたち久原本家が生まれた年でもあります。長野おばあちゃんから教わった「ぬくめなます」、そして90を超えてなお、元気に生き生きとした長野さんのご様子をぜひ、下記Youtubeからご覧ください
「年が明ければ、年賀状にも初春って書くでしょう。だから春のものを取り入れるの」。そう言って長野おばあちゃんが取り出したのが、桜の梅酢漬け。ピンクの華やかな色合いに、食卓の上だけ先に春が来たようです。使うのは、昨年のうちに取っておいた桜の蕾。自家製の梅酢につけておくことで、香り高く色鮮やかになります。「これがあると、食卓がパッと華やかになるでしょう。何にでものせて良いんですよ、牛乳カンでも、お餅でも。お湯を注いで桜茶にしてもいいですよね」。
1月になると、冬の野菜の状態も少し変わってくるといいます。たとえば大根はやや盛りを過ぎ、少し表面が固くなるのだそう。「昔からこの表面が固くなることを『網はる』とか『壁する』とか言っていました。そのシャキシャキしたところを利用して、昔は福神漬けにしてたんよね。これは大根が、新しい花を咲かせる準備をしているんです。12月のみずみずしい時期の大根は皮ごと食べられますが、1月の大根は皮もしっかり取ってから食べます」。
1月は大根の最後の収穫時期で、こうした大根を保存食にしていたそう。拍子切りにして、干すのはもっぱら家にいるおばあちゃんたちの役目だったとか。
珍しい、銀杏切りの干し大根もありました。「これは農家ではよくしている切り方でした。千切りよりも効率良くできるからでしょうかね。この銀杏切りの場合は、一旦干して水分を飛ばしてから、一度蒸すんです。その後に、再度干すんですよね。この干し方だと、そのままお味噌汁とかに放り込んでも、甘くておいしくなります。」最も寒くなる大寒(だいかん)の風がどっと吹くと、よく乾くのだそうです。
こうした季節の作業を、長野おばあちゃんは祖母から習ったといいます。「自然の様子から、取りかかる時期を知るんです。たとえば、高菜漬けをおいしく漬けるには、桜の花が咲き始める頃と教わりました。これにはちゃんと理由があって、気温が20度にならないと発酵はしない。そして桜の花も、20度にならないと開かないんです。そういうことをばあちゃんはみんな知っていました」。
干した大根は長く保存できるという利点とともに、大根の甘みやうまみが太陽の力も得て濃縮されて美味しくなります。一般的に切り干し大根は煮物にすることが多いですが、長野おばあちゃんは、お味噌汁はもちろん、卵とじなど様々なものに使うそうです。「卵とじは切り干し大根の自然な甘みで、砂糖は入れなくても甘く、滋味深く仕上がるんです」
おいしい大根を使って、この地域に特別な「ぬくめなます」というお料理も教えていただきました。
なますというと、大根やにんじんをお酢で和えたいわゆる紅白なますをイメージするかと思いますが、元々は生魚も一緒に和えたものも多く、九州では鯖が使われることがあります。さらにこの飯塚市内野宿では、このなますをあたためて(ぬくめて)、農業の神様にお供えするという風習が今でも続いています。かつては集落全体、20軒ほどの家々で作っていたそうですが、今ではわずか7軒で伝えられているそうです。
「農業の神さま、山の神様が春に山から降りてくるんです。夏の間に農業を手伝ってくださって、秋の収穫が終わると山に戻って行かれるんですね。そのお見送りするときの、ふるまいの料理がこの『ぬくめなます』です。12月の第一丑の日に集まって、このお料理をお供えし、囲でいただきます」。
作り方は、大根と人参と鯖を大きな鍋で、醤油・酢・お砂糖を入れて煮込みます。混ぜはせず、鍋をしっかり持ち上げて天返しするのがおいしく作るコツだそう。甘酸っぱく、温かいもので、何度でもぬくめ直して(あたため直して)食べられます。唐辛子のほんのりピリリと辛い風味が、寒さに縮んだ体を温めてくれます。
ぬくめなます ぬくめなます
[材料]
大根
2本
人参
1本
鯖
1尾
砂糖
大さじ3(味見して追加する)
酢
150ml
酒
150ml
醤油
50ml(味見して追加する)
赤唐辛子
3本
※調味料の量は大根の大きさ、水分量で調整する。ここでは大ぶりの大根を使っています。
[つくり方]
※煮汁が足りないときは水を足す。
「食べるっていうことはね。神様を拠り所にして、みんなで集まることでもあったと思う。慰めというか、憩いの場でもあるよね。それで、みんなが元気にしてるかどうかとか、いろんなことがわかるでしょう。私たちが子供の頃はね、子供もみーんな全部集まってました。昔は公民館はなかったから、それぞれの家で、順番に持ち回りでね。今はなかなかそういう地域の行事もしないかもしれないけれど、なんとかここは昔から伝わっている。ここ数年、会食もあまりできない時期もあったけれど、お父さんたちが「ぬくめなますだけは作ってほしい、絶やさんでくれ」ってね(笑)そんな話があったくらいです」。
寒い時期に神様へ「温かいものをお供えしよう」という気持ちには、自分たちの家族のように神様を身近で大切にしていた心が垣間見えます。さらには寒さの厳しくなる時期に互いの様子をねぎらい、人と人とのつながりを作る役割があったのでしょう。
私たちは四季を肌で感じながら、神様とともに食べ、隣人とともに食べ、そして家族とともに食べながら生きてきました。食べることは、自然を掌る神様と人、そして人と人を繋ぐ重要な結び目になっていたのです。
山に住む神様、そして隣人との距離も、今ではグッと遠くなりました。古くより伝えられてきた「食べる」ことの意味を、次の時代にどう受け継ぐのか。それが問われているように思います。
掲載している商品情報は記事公開時点のものです。
最新の情報は久原本家通販サイトにてご確認ください。
この記事がおもしろいと思ったら、いいねを押してください。
編集部が喜びます!
①②③④⑤⑥⑦⑧⑨⑩⑪⑫⑬⑭⑮⑯⑰⑱⑲⑳㉑㉒㉓㉔㉕㉖㉗㉘㉙㉚㉛㉜㉝㉞㉟㊱㊲㊳㊴㊵㊶㊷㊸㊹㊺㊻㊼㊽㊾㊿
折々の会とは
日本の食文化ならではの「知恵」を、日々の暮らしで実践していくための、
久原本家のポイント会員様向けサービスです。ご入会は以下よりお進みください。
キーワードをご入力ください
92歳でも闊達とした長野おばあちゃんに今回も元気をもらいながら、取材をさせていただきました。ふるさとに伝わる食は私たちが本来持つ豊かさなのかもしれません。
齊藤