ふるさとの食べごと〜長崎県五島列島「ふくれもち」

2022.12.22

幼いころ、おばあちゃんが何気なく作ってくれていたものが、ふとした瞬間に無性になつかしく、食べたくなることがあります。そんな食べ物の背景にある、人々がつむいできた歴史までを知ると、遠い祖先の人たちとつながられるような不思議な感覚まで生まれるような気がします。食にはそんな昔と今とをつなぐ力があるのではないでしょうか。今回とりあげるのは、数百年を越えた食の歴史が息づく、長崎県五島列島の食です。

四季に恵まれた日本列島では、山ひとつ越えるだけで食べるものも違いました。そんな小さなふるさとの食べごとを拾い上げていくのが「茅乃舎1893」の取り組みです。1893年、明治26年はわたしたち久原本家が生まれた年でもあります。

400年も前に伝わった「紀寿司」や「ふくれもち」など、五島列島の豊かな食を動画としてお届けします。下記Youtubeからぜひご覧ください。

第1章 祈りの島が伝えてきた「ふくれもち」


安息を求めて、島へ渡った。

四方を豊かな海に囲まれた長崎県の五島列島。長崎港から西へ、高速船で90分の距離にあり、152の島々から成り立ちます。古くは遣唐使が立ち寄るなど文化の中継地として栄えてきました。キリスト教の伝来の歴史は古く、1566年のイエスズ会の宣教から450年を超え、今も多くのカトリック信徒の方々が暮らしています。

厳しい弾圧により、江戸後期に多くのキリシタンが五島に移住してきました。すでに住民がいた五島で、キリシタンたちは必然的に無人の海沿いや傾斜地など、厳しい環境に住まざるをえないことも多かったといいます。信徒たちは畑や漁で財を蓄え、ときには自分たちで石をひとつずつ運び、小さな教会を建ててきました。今でも五島には50もの教会堂が現存しています。

堂崎天主堂。煉瓦と瓦が美しく融合し、堂内のゴシック様式のリヴ・ヴォールト天井は、カーブの美しさが目を引く。上五島出身の大工棟梁・鉄川与助により設計された。
福江教会。かつて福江大火に見舞われたときも奇跡的に風向きが変わり、類焼を免れたことが語り継がれている。

今回、私たちはキリシタン文化に由来のある食を求めて、福江市の中心部にある福江教会を訪ねました。福江教会は1896年に始まり、白亜の教会堂は戦後まもなく信徒の方々たちの尽力によって建てられたものです。隣接された信徒会館にて、五島のカトリックの歴史と縁の深い「ふくれもち」を作っていただきました。

最初はうまく、ふくれなかったんよ。


「ふくれもち」は、小麦粉に塩、砂糖の生地にあんこを包んだ、素朴な味わいなおまんじゅうです。五島列島の各地で昔から作られており、呼び名も「ふくれもち」「ふくれだご」「ふくれまんじゅう」などさまざま。実はこのおまんじゅうは、信徒の方々にとっては聖なるパン、すなわち聖体の代わりに食べられていたという話もあります。

馬津川恵美子(77)さん、浜崎クニコ(77)さん。福江教会と近隣の教会の信徒さんです。

「作り方は親のを見ようみまね。最初はふくらまず、硬くなったりしていました。でも色々考えてね、作り方も工夫しました」。代々親から伝えられてきたふくれもちですが、福江教会の中村満神父は、その由来を江戸時代に3000人も移住したといわれる潜伏キリシタンが持ち込んだ文化の中にあったのではないかと語ります。

「例えば8月15日は、マリア様の被昇天の祭日、大切なお祝いの日です。その日やクリスマス、復活祭などにふくれもちを作って食べるという習慣がありました。小麦粉は貴重なものだったので、大切なお祝いに使いたいですよね。今も家族で食べていたり、親戚の人たちに配ったり、その習慣を大事にしている方々もいます。」

全身の力を込めてこねていく。

砂糖、塩、小麦粉にドライイーストを混ぜて水を加え、こねていきます。十分に捏ねたら、発酵を待つこと15分。ひとつかみ生地を取り、ばあん、と強い力で台に叩きつけます。これはお饅頭を“びっくり”させて、イースト菌の活性を促すため。しっかりと弾力のある生地を手のひらに広げて、真ん中にあんこをのせて包みます。しっかりと15分ほど蒸すと、ふかふかと優しいにおいが漂ってきます。

熱々のおまんじゅう。素朴で、粉の味わいがし、ほんのりイーストの良い香りが。
ふくれもちに欠かせないカッカラの葉をクニコさんが準備してくれた。

五島のふくれもちに欠かせないのが、おもちの下にひくカッカラの葉(学名はサルトリイバラ)。丸い形がかわいらしく、表面がツルツルしているので、ふくれもちを乗せるのにぴったり。庭や道端にも生えていて、春先に出る芽はほんのり酸味と粘り気があって、子どもの頃のおやつでもあったそうです。

もう一生分は、食べたと思ったのに。


クニコさんにとって、五島の暮らしは、どんなものだったのでしょうか。
「小さいころは家の裏がすぐ海で、楽しかったですよ。学校から帰ったらすぐ海に行って、泳いだり、ミナ(※1)を拾ったり、魚を釣ったりね。両親は漁師をしながら畑もしていて、芋にかぼちゃ、玉ねぎ、そんなものを育てていました。私も学校に行く前に、芋畑の草を取ってました。牛も飼っていましたよ。芋は牛が掘り返した後を人間が拾うんですよ。今はもう、牛を飼う人もみんなほとんどやめてしまったもんね」

中村満神父は、思い出の味であるという、芋のだんごを作ってくれました。

芋のだんご。本来はかんころ(さつま芋を干した粉)で作るが、今日ははったい粉で。

「今日蒸し器があるというので、急遽作ってもらったんです。かんころの粉を練ったものをぎゅっと指で握ってね、指の跡がつく、これが特徴なんです」。皆が懐かしいと口々に言いながらだんごを手に取ります。「さつまいもはね、一生分は食べたんです(笑)。もう食べなくて良いと思ったのですが、私もいま65歳になったんですけどね。そうすると子供のころ、小学生ぐらいのときに食べたものが恋しくなる」

昔の味が食べたくなり、好きではなかったものさえ懐かしさを覚える。そこには自分のルーツへのつながりを求める心があるように思います。五島で教えていただいた「ふくれもち」は、親の味であり、地域の味であり、信仰を胸に抱き小舟で海を越えてきた、遠い祖先の味でもありました。その味が現代まで受け継がれていることに、五島の人々の敬虔さとふるさとへの思いを垣間見たような気がします。

※ ニナ、シッタカ、バテイラなど様々な呼び名をもつ巻き貝。

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