豊かな気候に恵まれた日本列島。私たちが伝えていきたいのは、失われつつある風土に根ざした暮らし、そして食のあり方です。「茅乃舎1893」プロジェクトでは、自然に感謝し、助け合いながら生きる姿とともに、つくることの尊さ、食べることの豊かさを問い直したいと思います。
Youtubeでご紹介する動画では、福岡県大木町を取り上げました。実際に作る工程、みなさんの表情、気持ちが伝わる声などをお楽しみください。
私たちが置いてきたものは何だろう。
今、私たちをとりまく食はとても豊かに、便利になりました。いつでもどんな食材でも手に入り、手のひらの上でレシピを検索することができる時代。それでもふとした折に、便利さの対極にある、ふるさとの食を思い出すことがあります。幼いころ祖母が作ってくれたお煮しめの匂い。お祭りの境内で食べた、おこわの山菜のほろ苦さ。季節と土地のにおいが詰まったおいしいものたちの記憶です。
身近にあったものが少しずつ手に入らなくなっていることに気がついたとき、「今、何かしなければ」そう背中を押されている気がしました。時代の変遷で置き残してきたものの中に、実は大切なものがありはしないか。『茅乃舎1893』の探訪は始まりました。
豊かな気候に恵まれる日本列島では、山をひとつ超えるだけで食べるものが違うと言います。名物、名産品よりも、日常の食にひそむ細やかな地域性に、輝くものを見つけたい。自分たちの足で歩き、ひとを訪ね、舌で感じて、『ふるさとの食べごと』を探し出そう。こうして『茅乃舎1893』のプロジェクトは始まりました。
福岡県三潴郡大木町で見つけたもの。
第1回目は、福岡県三潴郡大木町です。福岡県南部の豊かな穀倉地帯である筑後平野の中心にあり、久留米や柳川などの市に囲まれた小さな町。町の14%が堀(クリーク)で、今でも川の神様に捧げるお祭りが行われていると知りました。
そこかしこに、じっくり見ないと見過ごしてしまうかもしれないものを見つけました。金色に揺らめく麦から生まれるおいしいもの、堀とともに生きる中で生まれた知恵と感謝、大木町のあたたかくチャーミングな人々との物語。3章に分けてお届けします。
第1章 食の中心には麦があったー「ごろし」と「だご汁」
ばあちゃん、「ごろし」ば作って!
「ごろし」という、ちょっと物騒な名前のおやつには驚きました。その正体は、小麦粉をこねて作った団子に、きな粉や黒砂糖をまぶした、甘くておいしいおやつ。手で伸ばした不揃いな団子に、きな粉や黒糖をかけ、ツルツルといただきます。うどんをちょっと太くしたような食感で、しっかりした歯ごたえが、なんとも言えないおいしさ。
「ごろしは、小麦粉をこねて寝かせて茹でて、きな粉や砂糖醤油をまぶして作ると」そう話してくれるのは、90歳の中島キヨ子さん。農家の末っ子として一家の食を全て担い、それからこの大木町にお嫁に来て70年経つと言います。
「こげんしてだごば作って(こうして団子を作って)、ずーっと伸ばして」団子をちぎり、指で少し揺らしながら揺らしていくと、やわらかな生地が両手いっぱいにも伸びます。「ばあちゃんごろしば作らんね(ごろしを作ってね)って孫どんが言うごつ」お孫さんの話になると、優しいキヨ子さんの顔はさらに微笑みを含みます。
そのごろしの味を、キヨ子さんから受け継いでいくのが中島陽子さん。地域で伝統食を伝えていく活動もしていらっしゃいます。「こね方のコツはしっかりと自分の体重をかけてこねること。そして伸ばすのは熟練ですね。ばあちゃんは本当に上手で、スーッと伸ばすんです」陽子さんは「孫たちも本当に大好きでそれぞれが結婚するとき、嫁や婿にばあちゃんのごろしを食べさせたいと言って帰ってくるぐらい」。
陽子さんのご主人宗昭さんは、ここ大木町で農業を長く営んで来ました。宗昭さんも小さい時から食べてきた、「ごろし」が大好き。「ごろしはきな粉や黒砂糖もちろん、その時期に取れるもので作っていました。そら豆の餡や、あとは味噌を和えたものもありましたね。筑後平野は昔からの水田地帯で、まず米があり、その裏作として麦があります。そのせいか、やはり小麦粉を使ったおやつが多くて。フナ焼きと言って小麦粉を溶いてフライパンで焼いたり、あとは母が夜なべしてドーナツやかりんとうを小麦粉で作ってくれました」。
▼「ごろし」の作り方ー地粉の風味をかみしめてー
▼「ごろし」の作り方ー地粉の風味をかみしめてー
「ごろし」は、別名ごろしだごともいいます。語源には諸説ありますが、陶工が土をこねることを「土殺し」と言うように、よくこねることを意味する「ころす」から転じたのではないかとも。地粉(地元でとれる小麦粉)がある方はぜひそれを使って。ない方は、国産の中力粉で作ってみてください。
■材料:小麦粉(中力粉)、塩、水
(食べる時のあとがけ用)黒砂糖、砂糖、醤油、おろし生姜、きな粉など
■作り方
①生地をこねる
粉に塩を入れ(400gでひとつまみほど)、およそ半量の水を加えながらこねていく(今回は200ccほど)。ただし水の量は粉によって異なるので、様子をみながら耳たぶの固さくらいまで、よくこねる。
②生地を均等にわけ、休ませる
こね上がったら、大きめのピンポン球くらいの大きさに生地をわけ、6〜7センチの棒状にしてまな板の上で休ませておく。(乾燥しないように濡れ布巾やラップをかける)できれば1時間。時間がないときは20分〜30分。
③生地をのばしながら茹でていく
鍋にたっぷりのお湯をふっとうさせておき、棒状にしておいた生地を平らにし、両端を手でもって上下に揺らしながら細長くのばす。のばしたものから鍋に入れていき、火が通って浮かんできたらザルに上げる。
④好みの味つけで
お皿に盛り、砂糖を混ぜたきな粉、黒糖などで味付けする。中島家の定番、砂糖醤油の場合は、鍋やボウルに茹で上がったごろしの生地を入れ、砂糖、醤油、おろし生姜を混ぜてよくなじませてできあがり。
大木町のだご汁は、ヒラヒラと。
同じく小麦粉をつかった料理でよく食べられていたものが「だご汁」です。小麦粉でこねた甘くない「だご(団子)」を使った汁は九州各地にありますが、ここ大木町(筑後平野)のだごの形はちょっと変わっています。
「だごを薄くヒラヒラ伸ばすんですよ。地域の行事に出て行くとね。『もっと薄くせんね(薄くしなさい)』って言われるんですよ(笑)」宗昭さんも、小さい時から、うどんとだご汁を作るのをおもしろがりながら手伝っていたそう。「先代のばあちゃんの時からね。薄くて歯ごたえも本当に滑らかで美味しかった記憶があります」
だご汁は旬の野菜を入れて作ります。だしとともに、根菜のうまみが汁に染み込んでいて、滋味とともに体に力が湧いてくるようです。「小麦粉の団子は最近はね、なかなか家庭でも作らないと思いますけれど、この地方は麦粉は毎日のように使われていたんですよ」と宗昭さん。「今から農家はいちばん忙しい。麦の収穫前に稲の種まきがあり、耕して田植えをするまでの準備がある。6月の終わりぐらいまでは、1分1秒の勝負という感じですよ」。
▼「だご汁」の作り方ー軽食にもなる具だくさんの汁物
▼「だご汁」の作り方ー軽食にもなる具だくさんの汁物
小麦の産地ならではのあたたかい汁物。冬場は特に食べることが多く、根菜類などをたくさん入れます。きのこの産地である大木町では、キノコ類もよく入ります。だご汁は九州各地にありますが、だごの形状や味つけは場所や家庭でさまざまです。
■材料:
だご生地:小麦粉(中力粉)、塩、水
汁の材料:好みのだし(今回は昆布、いりこを使用)、季節の野菜(この日は、しめじ、えのき、にんじん、たまねぎ、じゃがいも)、豚肉、味噌、青ねぎ
■作り方
①生地をこねる
粉に塩を入れ(400gでひとつまみほど)、およそ半量の水を加えながらこねていく(今回は200ccほど)。ただし水の量は粉によって異なるので、様子をみながら耳たぶの固さくらいまで、よくこねる。
②生地を休ませる
こね上がったら、片手で握ることができるくらいの大きさに生地を分けておき、まな板の上で休ませておく(乾燥しないように濡れ布巾やラップをかける)。できれば1時間。時間がないときは20分〜30分。
③汁物をつくる
野菜と豚肉を食べやすい大きさに切り、好みの出汁(この日は、いりこと昆布のだし)にすべて入れて加熱する。ふっとうしたら、豚肉を加えてさらに煮る。
④だんごを入れる
①で作っておいた生地を、手のひらの上で薄くのばしながら、食べやすい大きさにちぎって汁の中へ。水餃子の皮くらい薄くのばすのが大木町流。だんごに火が通ったら、味噌を溶かして味つけしてできあがり。青ねぎを散らして食べる。
今ではパンやケーキなど、西洋のイメージが強い小麦粉ですが、実は日本でも奈良時代から広く栽培されており、全国で麦ごはんが食べられていたと言います。大木町を含む筑後地域でも、古くから水田から取れる米と裏作である麦がありました。米はかつて大事な年貢であったので、そのため米と麦を混ぜた「さねめし」や、麦粉を使った「こねもの」が伝統的によく食べられていたのです。洗って干しあげた小麦は製粉所で製粉し、裸麦は共同の大きな石臼で挽いていました。新米のように「新麦」という言葉も使われていたようです。
ごろしとだご汁をいただいて中島家を出ると、そこには金色の麦が広がる姿が。これまでよりもずっと近くに感じました。米とともに、大事な食材であった「麦」の食文化。麦秋(ばくしゅう)という美しい言葉に表されているように、春の麦の実りも、秋の収穫と同じようにまた喜びに満ちたものであったのではないでしょうか。
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